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神戸地方裁判所姫路支部 昭和63年(ワ)219号 判決

原告(反訴被告)

前田明生

被告(反訴原告)

甲野丁

ほか一名

主文

一  原告と被告丁及び被告春夫との間において、別紙記載の交通事故(本件事故)に基づく原告の被告丁及び被告春夫に対する損害賠償債務が存在しないことを確認する。

二  被告丁及び被告春夫の各反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は本訴及び各反訴を通じ被告丁及び被告春夫の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文第一項と同旨

2  訴訟費用は被告丁及び被告春夫の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁(被告丁と被告春夫)

1  原告の本訴請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告丁に対し、金九三九万一五〇七円及びこれに対する昭和六三年三月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告は被告春夫に対し、金八六一万一八六七円及びこれに対する昭和六三年三月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は原告の負担とする。

4  仮執行の宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第二項と同旨

2  訴訟費用は被告丁及び被告春夫の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴請求原因

1  被告丁及び被告春夫は原告に対し、別紙記載の交通事故(以下本件事故という)に基づきそれぞれ反訴請求の趣旨1及び2記載の各金額の損害賠償債権を有すると主張している。

2  よつて、原告は被告丁及び被告春夫に対し、本件事故に基づく損害賠償債務が存在しないことの確認を求める。

二  右一の主張に対する認否(被告丁と被告春夫)

同1の事実は認める。

三  反訴請求原因(本訴抗弁)

1  本件事故等

(1) 原告は昭和六三年三月二九日本件事故を惹起したものである。

(2) 本件事故の発生につき原告には前方注視義務違反の過失がある。

(3) 仮に然らずとするも、原告は本件事故当時甲車を自己のために運行の用に供していたものである。

2  被告丁と被告春夫の負傷

(1) 被告丁は本件事故により頭部打撲・頸部捻挫・左側背部打撲の傷害を受け、姫路第一病院に昭和六三年三月二九日から四日間通院したのち翌四月二日から六月一五日まで七五日間入院し、現在なお通院治療中である。

(2) 被告春夫も本件事故により腰部打撲・腰部捻挫・頭部打撲の傷害を受け、同病院に昭和六三年三月二九日から三日間通院したのち翌四月一日から六月四日まで六五日間入院し、現在なお通院治療中である。

3  本件事故に基づく被告丁の損害

(1) 治療費 金四五四万〇一一五円

(2) 入院雑費 金七万五〇〇〇円

(3) 通院交通費金 一〇万四四〇〇円

(4) 休業損害 金二六七万一九九二円

(5) 入通院慰謝料 金一三〇万〇〇〇〇円

(6) 弁護士費用 金七〇万〇〇〇〇円

4  本件事故に基づく被告春夫の損害

(1) 治療費 金三〇二万六四三五円

(2) 入院雑費 金六万五〇〇〇円

(3) 通院交通費 金五万〇四〇〇円

(4) 休業損害 金三五二万〇〇三二円

(5) 入通院慰謝料 金一二五万〇〇〇〇円

(6) 弁護士費用 金七〇万〇〇〇〇円

5  よつて、被告丁及び被告春夫は原告に対し、本件事故に基づきそれぞれ請求の趣旨1及び2記載のとおりの損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める。

四  右三の主張に対する認否

1  同1の事実のうち、(1)と(3)は認めるが、(2)は争う。

2  同2ないし4の事実はいずれも争う。

五  反訴抗弁(本訴再抗弁)

1  本件事故について原告は甲車の運行に関し注意を怠らなかつたにもかかわらず、被告丁及び被告春夫が賠償金を得る目的をもつて、極めて見通しの悪いカーブ地点に路外からバツクで侵入して故意に本件事故を発生させたものである。

2  なお、本件事故当時甲車には構造上の欠陥も機能上の欠陥もなかつた。

3  よつて、原告に運行供用者の責任はない。

六  右五の主張に対する認否(被告丁と被告春夫)

同1の事実は否認する。

第三証拠関係

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  本訴請求原因1の事実及び反訴請求原因(本訴抗弁)1の(1)と(3)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、まず反訴請求原因1(2)及び反訴抗弁(本訴再抗弁)につき検討する。

1  いずれも成立に争いのない甲第三、第五、第六、第九号証、乙第一三、第一四号証、第一五号証の一ないし六、第一六号証、第一七号証の一ないし一二、第一八号証、第一九号証の一ないし三、いずれも本件事故現場付近の写真であることに争いのない検甲第一ないし第六号証、調査嘱託の結果、証人中間守の証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、(一)本件事故現場付近の当時の状況は別紙交通事故現場見取図記載のとおりであるところ、本件事故現場付近の道路は山陽新幹線の高架線路に沿つて非市街地を東西に走る制限時速四〇キロメートル(駐車禁止)の市道であり、本件事故現場は、右高架線路の北側を走る道路(幅員約五メートル)から右高架線路下を通つて南側の道路(幅員約六・六メートル)に至る平坦なS字型の道路上にあるが、この道路の東端には右高架線路を支える南北の幅約五・五メートルのコンクリート製橋脚があるため、北側の道路を西行して右S字型道路に向う車両の運転者がこれを直接見通すことは不可能であり、右橋脚の陰になる右S字型道路左側(西行車両の進路)の部分(以下本件現場道路という)に車両が停止していた場合には、右運転者はかかる停止車両の直後に近接するまでこれを発見することができず(被告丁は本件事故当日の警察官の取調において既に「カーブミラーのついている所に車をとめただけですので私に落度はありません」と申立てて、本件現場道路の北側に設置されているカーブミラーの存在を強調しているが、このカーブミラーによつて本件現場道路に停車中の車両を左折前に確認できるか否かは必ずしも明らかではない)、かなりの低速で本件現場道路に進入しなければ右停止車両との衝突を避けられないものというべく、かかる本件現場道路付近の状況からして、衝突の危険性の極めて高い本件現場道路に停車する者は、西行後続車に衝突されることを覚悟しなければならないことが明らかであること、しかるに、(二)被告丁は本件事故当日の午前六時二〇分頃前記橋脚西側の本件現場道路付近路上に、被告春夫同乗の乙車(赤色のダンハツ・ミラ)を停車させていた(なお本件事故前には本件事故当日はもとよりその前日にも本件事故現場付近で交通事故が発生したことはなかつた)こと、(三)被告丁は本件事故当日の午前八時三〇分頃にも本件現場道路で、助手席に被告春夫の同乗する乙車を停車させていたが、本件事故は、姫路市役所の職員である原告が甲車(当時構造上の欠陥も機能上の欠陥もなかつた)を運転して通勤路である本件現場道路へ時速約三〇キロメートルで左折した際、被告丁が後を向いて本件現場道路上の乙車を北東の方向に後退させていたため、原告は右に転把したものの避けきれず、乙車の後部右端が甲車の左側後部ドアーに斜め前方から衝突したというものであり、この衝突の結果、乙車は斜め前方に約五〇センチメートル押し出されて後部バンパー右端等の凹損と右後部方向指示器等の破損により小破し、甲車には左側後部ドアーの凹損と左後輪タイヤホイルの擦過痕が残つたに過ぎないこと、なお、(四)被告丁は、昭和五八年春山組乙川明会の組員であつた当時知合と共謀して追突事故を偽装したため保険金詐欺未遂事件として懲役一〇月に処せられたことがあり、本件事故当時は無職で生活保護を受けていたことが認められる。

ところで、被告丁と被告春夫は平成元年一一月九日に行なわれた各本人尋問において「被告丁は本件事故当日には家に金も食べ物もなかつたので、被告春夫を保証人にして姫路市役所で金を借りようと考え、午前五時頃市営住宅の被告春夫宅を訪れて被告春夫と話をしているうち腹が減つてきたため、姫路市延末にある中央卸売市場の食堂で食事をすることとし、被告春夫の同乗する乙車を運転して右食堂へ向かう途中午前六時頃本件事故現場付近にさしかかつたところ、道路一面にガラスの破片等が散乱しており本件現場道路付近で交通事故があつたことが分かつたので、野次馬根性から乙車を前記橋脚の南西にある本件現場道路横の空地へ乗り入れて五分ないし一〇分位の間その事故のことなどを話し合つていた(被告丁は事故現場のガラスの破片等をおばさんが箒で掃いていたと供述するが、被告春夫は、そのようなおばさんは居なかつたと供述する)が、その後中央卸売市場の食堂へ向かう途中で、被告春夫宅に近い「たいこ弁当」の開店時間の午前七時を過ぎていることに気づいたので、そこから引き返して「たいこ弁当」で弁当を買つて被告春夫宅でこれを食べ姫路市役所の始業時間がくるのを待つた(但し被告丁は右空地を離れた後の行動については思い出せないと供述する)のち、午前八時過頃再び被告春夫宅を出て、被告春夫同乗の乙車を運転して本件現場道路にさしかかつた際、被告春夫が小便をしたいというので本件事故現場に乙車を停車させてブレーキをかけていたところ、小便をすました被告春夫が乙車に乗り込んだとたんに本件事故に遭つた」と供述するが、前記のとおり追突される危険性の極めて高い場所である本件現場道路に二度までも停車させるに至つた経緯及び理由を説明する供述としてはそれ自体極めて不自然であるのみならず、いずれも成立に争いのない甲第七、第八号証によれば、被告丁と被告春夫は昭和六三年四月二四日姫路警察署で取調を受けた際にはいずれも「本件事故当日の午前六時頃から本件現場道路に停車していた際には本件現場道路横の前記空地へは進入していない」旨を供述している(なお被告丁は、その場を離れたのち前記中央卸売市場前まで行つたと供述している)のであつて、前記本人尋問における供述とも食違があることなどに照らし、被告丁と被告春夫が各本人尋問において、本件現場道路に二度までも停車させるに至つた経緯及び理由につき供述するとこはいずれも到底措信できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

2  いずれも成立に争いのない乙第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし三、第九号証、第四四、第四五号証、原告本人尋問の結果及びこれによつて成立の認められる甲第二号証によれば、昭和六三年三月二九日の本件事故当日被告丁と被告春夫は姫路市御国野町国分寺の姫路第一病院で受診し医師に対して「頭や頸が痛い」などと訴えたためそれぞれ「頸部捻挫・頭部打撲等」の診断を受け(但し、同日以降被告丁と被告春夫が受けた頸部や腰部等に対するレントゲン検査その他の諸検査の結果に、本件事故に起因する傷害等を窺わせるような異常があることを認めるに足りる証拠はない)、被告春夫は同月三一日まで連日通院したのち入院を希望して翌四月一日から六時四日まで六五日間にわたり同病院に入院し、被告丁も同年四月一日まで連日通院したのち入院を希望して翌二日から六月一五日まで七五日にわたり同病院に入院したが、その間こもごも原告に対し頻繁に電話して脅迫的言辞を交えながら金員の交付その他の要求をくりかえした(例えば四月一一日保険金が早く出るように原告から働きかけるよう頼んだうえ、同月一三日被告丁において「頭にきている、やつてしもうたる、わしの組のこと聞いているやろ知らんのか、警察に守つてもらえ、家はどこや」などと電話し、同月一八日被告春夫において「農協から連絡がない、なめとつたらこれが解決してもやつてもたる、わしは初犯やから執行猶予や」などと電話している)のみならず、右各入院期間中いずれも当初から病室不在ないし外出がかなり多く(被告丁は看護婦に病室不在の訳を尋ねられて怒つたり、被告春夫も無断外出を制止しようとした看護婦から「事故やからきちんとしとかんと自分に不利になるよ」と注意されたのに対し「事故か、保険会社はどうでもなる」と嘯いたりしている)、真面目に治療を受け療養しようとはしていなかつたことが認められ、前記甲第七、第八号証の記載中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右1と2の事実関係並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故の際、後続車に追突される危険性の極めて高い本件現場道路に被告丁が被告春夫とともにわざわざ乙車を停車させていたのみならず乙車を甲車の方に向けて後退させた目的は本件事故を招来することにあつたものと推認するほかなく、被告丁と被告春夫には本件事故の発生につきいずれも故意があつたものというべきであり、通常の自動車運転者である原告に、かかる目的をもつて被告丁が運転し甲車に向けて後退させている乙車があることを予見してこれとの衝突を回避すべき注意義務があるというのは相当でなく、かえつて、原告は本件事故について甲車の運行に関し注意を怠らなかつた(即ち本件事故の発生につき原告に過失はない)ものというべきであるから、反訴請求原因1(2)は理由がなく、反訴抗弁(本訴再抗弁)は理由がある。

三  そうすると、爾余の争点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから認容し、被告丁及び被告春夫の各反訴請求はいずれも理由がないか理由なきことに帰するから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松永眞明)

(別紙) 本件事故

昭和六三年三月二九日午前八時三〇分頃姫路市市之郷九一二番地の四付近市道上において、原告運転にかかる普通乗用自動車・姫路五七の五四二九号(以下甲車という)が、被告丁運転にかかる被告春夫同乗の普通貨物自動車・姫路四〇こ三七三二号(以下乙車という)に衝突した。

〈省略〉

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